悪魔を憐れむ歌

 それから、先の事は、あらゆるこの種類の話のように、至極、円満に完(おわ)っている。即(すなわち)、牛商人は、首尾よく、煙草と云う名を、云いあてて、悪魔に鼻をあかさせた。そうして、その畑にはえている煙草を、悉く自分のものにした。と云うような次第である。

が、自分は、昔からこの伝説に、より深い意味がありはしないかと思っている。何故と云えば、悪魔は、牛商人の肉体と霊魂とを、自分のものにする事は出来なかったが、その代(かわり)に、煙草は、洽(あまね)く日本全国に、普及させる事が出来た。して見ると牛商人の救抜が、一面堕落を伴っているように、悪魔の失敗も、一面成功を伴っていはしないだろうか。悪魔は、ころんでも、ただは起きない。誘惑に勝ったと思う時にも、人間は存外、負けている事がありはしないだろうか。


― 芥川龍之介「煙草と悪魔」より ―
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# by solalyn | 2017-12-13 00:01 | WORDS | Comments(0)

アオハルの話

 三週間ほど前のことだ。

高3の息子を助手席に乗せて、近所のブックオフに向かっていた。しばらく走っていると息子が、「バンプオブチキンの新しい曲かけてもいい?」と聞いてきたのでいいよと答えた。彼のiPhoneからその曲が流れだしたとき、ああ、こりゃ聞いたことがあるな、と思ったので、「これってさ、『アオハルかよ』の曲?」と尋ねると、そうだよと返事が返ってきた。しばらく二人で黙って聞きながら走った。ふと柄にもなく感慨めいたものが湧いてきたので、それがつい口をついて出た。

「坊っちゃんはいま、というか、これからがアオハルなんだもんなあ。俺のアオハルはオカ君が死んで終わったなあ。まあ40近くまでだから、それでもずいぶんと長い方だったと思うけどね」

その日は雲が多い日だった。時々晴れ間があるかな、というような日。そのまましばらく走っていると視界の左側で息子がしきりに右腕で顔を拭っているのが見えた。泣いていた。ぼくに気取られないように、声を殺して。

だからぼくもまったく気づかないふりをして、いつも通りチンポコやらウンチョスやらの話をした。そうしてふたりでゲラゲラ笑った。
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# by solalyn | 2017-11-10 15:42 | PROPOS | Comments(0)

写真展「ひととひかり」を開催します。

【2017個展 跋文】

「君は船に乗った。航海した。陸に着いた。上陸したまえ
- マルクス・アウレリウス-

五年前に親友が自殺した。昨年の暮れには妻が自殺未遂をし、今年の初めに大叔母が死んだ。

マルクス・アウレリウスが書いたように、人生が航海だとするならば、『死』に遭ってからが、ほんとうの船出な気がする。『死』が、『生』という船に食料を積み込む。そうすると帆は風を孕みはじめる。

この写真展は、『死』を主要なテーマにしています。死がシームレスに生と繋がっている感じをぼくの写真と文章で構成しています。観終わったあとに、生死の狭間に浮かんでは消えるよろこびや光を感じていただけたら幸いです。


大橋 拓(写真家)


大橋拓 写真展「ひととひかり」
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DATA:Leica M6 Summicron 50/2 Kodak Tri-X 400 f41/125
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# by solalyn | 2017-09-03 18:55 | PROPOS | Comments(0)

夢十夜

 こんな夢を見た。

夜。火事である。私の実家らしき家が燃えている。運び出されるひとびと。私はその中に父の姿を見つける。私が彼に近づくと、彼も私に気が付き、歩み寄ってくる。呆然とした表情で。そして私に告げる。デルフォイの巫女たちのように。

「拓、おかあさんが」

私はその一言ですべてを悟る。私はなおも呆然としている父の背中をさすりながら何事か慰めの言葉をかける。


私は実家の居間にいる。台所から出てきた母が私を見てほほ笑む。だが、私はもう知っている。ほんとうは何が起こったのかを。
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DATA:Leitz minolta CL M-Rokkor QF 40/2 Kodak Tri-X 400 f8 1/500
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# by solalyn | 2017-06-07 01:17 | PROPOS | Comments(0)

ぜんぶ

 先日、仕事の撮影の合間に、見知らぬ街を稼がないほうのカメラを持ってほっつき歩いていたときの話。

ちょうど丘の上から駅前の喫茶店に向かって道を下っているときに、女の子たちの話声が聞こえてきた。キャーキャー言っている。中学生ぐらいかな。ちょうど下校の時間か。だんだん声が近づいてきた。

「はい!1、○○君、2、○△(呼び捨て)、3、○□先輩。さてどれでしょう!」

間髪入れずに他の子が口々に○○君だの○□先輩だのと答える。

「ブーッ。ちがいますっ」

少女たちがほんのひとときしかとどまることができない、あの時期特有の輝かしい笑い声をはじけさせる中で、問いを発した少女は高らかに宣言した。

「正解は、全部でした!」
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# by solalyn | 2017-06-03 00:38 | Comments(0)

うつってしまうものたち

 最近、「距離1.5~2メートルでのスナップショット」がマイブームである。

上がりを見て、いまだに驚きやよろこびを感じる。つくづくスナップショットはおもしろいなと思う。極々まれに、人生の謎が、ふっと、映り込む。
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# by solalyn | 2017-05-24 01:48 | PROPOS | Comments(0)

遠い太鼓

 父と母。

上がってきた写真を見ながら、あとどれくらいの間、こんな写真が撮れるんだろうかと考えた。
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# by solalyn | 2017-04-14 01:15 | PROPOS | Comments(0)

テクテク パチパチ

 先日、十五年来の写真の盟友とふた月ぶりに(いつもの、あの懐かしい三十代の日々に、われらが根城だった)サイゼリヤで話をした。そのときの彼の言葉。

「たくちゃん、写真はね、眼の延長でも手の延長でもありませんよ。足の延長なんですよ。足がぼくのまわりの景色をスクロールさせていってくれるんですよ。そうやって流れていく景色を、ぼくはただ撮るだけでいいんですよ」
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DATA:Leica M6 Summicron 50/2 Kodak Tri-X 400 f5.6 1/250
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# by solalyn | 2017-02-27 01:53 | PROPOS | Comments(0)

ODUの坂道

 先程、はじめて小津安二郎監督の『東京物語』を(アマゾンプライムで)観た。笠智衆と東山千栄子演じる老夫婦が、歩き疲れて寛永寺の旧本坊表門の前で小休止した次のシーンは跨線橋。ゆっくりと坂道を下る二人は、途中欄干越しに東京の街を遠望する。その欄干の模様を見てはっとした。声が出た。

ああ、鶯谷の跨線橋だ。凌雲橋だ。

線路際までびっしりとビルが密生している現在では、もう欄干から東京のロングショットを見ることはできない。1953年の夏に、夕暮れ前の日盛りの中を笠さんたちがゆっくり下った坂道を、2017年の冬の朝の斜光線を浴びて自転車がゆっくり上ってゆく。

結論 原節子:ほんとうにうつくしい。杉村春子:異次元のうまさ。笠智衆:神様。小津:神様の神様。
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DATA:Leica M6 Summicron 50/2 Kodak Tri-X 400 f8 1/1000
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# by solalyn | 2017-02-14 00:46 | PROPOS | Comments(0)

どこにもないところ

 島尾敏雄の小説『死の棘』のもとになった言葉が記されているという、聖書の「コリント人への第一の手紙」について検索していたはずが、いつの間にか横道に逸れていた。その横道に落ちていた言葉。

「ユートピア」という単語は、ギリシア語の”Ou(無い)”と”Topos(場所)”を、あるろくでなしのイギリス人がかけ合わせたものだという。

あ、「ろくでなしの」というのは、単なる個人的な直感で、根拠はありません。ではでは。
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DATA:Leica M6 Summicron 50/2 Kodak Tri-X 400 f2.8 1/30
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# by solalyn | 2017-02-05 23:14 | PROPOS | Comments(0)