2013年 07月 12日 ( 2 )

始めました。

こういうのはどうにも気恥ずかしいんですが。

いろいろなタイミングが重なって、ネットで中古○○○屋さんをはじめました。細く長く続けていきたいと思っております。どこかでお会いできたら、と思います。ではでは。
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DATA:Minolta CLE M-Rokkor 28/2.8 f8 AE
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by solalyn | 2013-07-12 21:47 | Comments(4)

かげろうの壺

氏親は、あかるく聡明に成長していた。かれは早雲を師父のようにおもい、顔を見るたびにさまざまなことを問うた。

「いのちとはなにか」

などということまで訊く。

「陽炎にてつくりたる壺のごとくはかなきものでござる。ひとたびこわれ、五蘊(ごうん)去らば空(くう)に帰しまする」

「空とはなにか」

「何も無し。水にても候わず、木にても候わず、金にても候わず、土にても候わず、風にても候わず、火にても候わず」

「心細きものよの」

年少の身で、いのちのはかなさをこう露骨にいわれれば、身もふたもない。

「禅におはげみなされませ」

禅はこの時代の必須の教養というべきものである。

「励んだところで、そのように空しければ甲斐がないではないか」

「空しきことと空とはまったくちがうものでござりまする」

「ちがうか」

「空あればこそ万物が生じまする。五蘊あつまり、因縁これに加わらば、ふたたびいのちを生み奉りまする。空なればこそ、百虫生じ、魚介生じ、畜類生じ、人を生み奉りまする」

「奉るとは」

と、氏親は早雲の物言いのおかしさに笑った。空に対して敬語をつかうことはあるまい。

「空は、おごそかなるものでござりまする。神仏すら生み奉る」

「神仏、そのことについてかねて訊いてみようと思っていた。神仏とは人が作ったものではないか」

「人が作れるはずがござりませぬ。空が人に知恵をさずけて作らせたるものでござる。されば神仏を拝むことは空を拝むことでござる」

「空は、どこにある」

「ある・なしというものではござりませぬ。感ずるところ鋭ければ、この世に満ち満ちております」


‐ 司馬遼太郎 『箱根の坂』より(括弧内は筆者) ‐
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DATA:Leica M6 Summicron 50/2 Ilford XP2-Super f2.8 1/60
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by solalyn | 2013-07-12 16:56 | WORDS | Comments(0)