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時刻はいつも午前三時

フィッツジェラルドの『夜はやさし』を手にしたのはちょうどそんな年だった。既に絶版になっていた荒地出版社の翻訳本を古本屋で見つけて買い求め、たいした期待もなしに読み始めた。読み終えた時もそれほどの感動があったわけではない。たしかに美しく哀しい小説ではあるけれど、長編としての構成が散漫にすぎるし、だいいち長すぎる。僕は読み終えた『夜はやさし』を本棚にしまいこみ、現実の渦のなかに戻っていった。

何ヶ月かが過ぎた。そして突然何かがやってきた。説明することなんてできない。僕は本棚からもう一度『夜はやさし』をひっぱり出して貪るように読み始めた。今度は感動がやってきた。それはこれまでの読書体験では味わったこともないような感動だった。数ヶ月前には冗長だと感じた文章の底には熱い感情が暗流となって渦を巻き、堅い岩盤の隙間から耐えかねたようにほとばしり出たその情念は細やかな霧となり、美しい露となって一ページ一ページを鮮やかに彩っていた。


― 村上春樹 『フィッツジェラルド体験』 より ―
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by solalyn | 2014-03-06 23:53 | WORDS
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