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順番のはなし

早いもので、上京してからもう二年が過ぎた。

そう書くとなんだかおおげさだけれど、息子に会いに行くためにちょくちょく実家に帰っているのであまり感慨はない。(ああ、もう二年か)くらいのものだ。

でもそうやって実家を離れて気づいたこともある。たとえば父が毎朝仏壇に線香をあげて手を合わせていること。

深夜バスが早朝に着くからということもあるのかもしれないが、実家住まいの頃は気づかなかった。父はとくに信心深いほうではない。どちらかといったら不信心者に近いたちの人間だ。モダンジャズがすきだし。いや、それは関係ないか。

とにかく、そんな父がぼくが帰るたんびに合掌している。これはもう、毎朝の日課だと思って差支えないだろう。(いつからなんだろう)そう考えていたら思いだした。

ぼくの祖母、つまり父の母が亡くなってからのような。

ぼくもいつかは、ああやって毎朝手を合わせるようになるんだろうか。そのときはなにをおもって手を合わせるんだろう。自分の順番が来るまで、その答えはたのしみにとっておくことにする。
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DATA:Leica M6 Summicron 50/2 Kodak BW400CN f5.6 1/125
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by solalyn | 2011-09-27 00:13 | PROPOS | Comments(2)
Commented by ゆぐ at 2011-10-04 06:50 x
お久しぶりです


私たちは、かなり鈍感に毎日を過ごして居る様子で…世間で言う「亡くしてから気がつく…」と言うヤツで、限り有る命を何故か、毎日目が覚めるのが当たり前と勘違いしてたりしますね、お父さんもおばあさんの死を通して気がついたのでは無いでしょうか
「お陰様」と言う見えない偶然に
だから手を合わせるのです。
その日息子に健康で迎えさせて頂くお陰様に…合掌…

生意気書きました^^
Commented by solalyn at 2011-10-07 17:38
ゆぐさん江

おひさしぶりです。

そうですねえ。「親孝行、したいときには―」というのはいつの世も不変の法則なのかもしれませんね。コメントありがとうございます^^
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