(略)子規の天地は六畳の間と、それに南接する小庭でしかない。
庭といっても、たかが借家の小庭である。人間の背たけ以上の樹といえば、垣のうちがわに椎があって、垣の外側におなじく椎と槻があるにすぎない。
「さびしげな庭ですなあ」
と、たまにいう人がある。これで歌や俳句がつくれるのかという気持ちを言外にこめていうひともあるが、子規の写生理論からゆけば、べつに名所旧蹟や、奇岩怪石の海岸に立たなくても歌も俳句もできる。
「古今や新古今の作者たちならこの庭では閉口するだろうが、あしはこの小庭を写生することによって天地を見ることができるのじゃ」
-司馬遼太郎「坂の上の雲」より-
DATA:Leitz minolta CL M-Rokkor QF 40/2 Kodak BW400CN f8 1/250