タグ:司馬遼太郎 ( 12 ) タグの人気記事

高貴な野良

 (略)若者が活力をもつためには、社会から馴致(じゅんち)されるな、ということである。古いことばでは、

「不羈(ふき。羈は手綱)」

という。手綱で制御されないという意味である。

ただし、この場合のむずかしさは、自分で自分の倫理を手製でつくらねばならないことである。しかも堅牢に、整然とである。でなければ、社会に負かされ、葬られる。

人間は大思想や社会によって馴致されて人間になるといいながら、じつは、古来、真に社会に活力を与え、前進させてきたのは、このような馴致されざるひとびとだった。


― 司馬遼太郎 『風塵抄 二』 所収 「飼いならし」 より ―
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by solalyn | 2016-04-16 17:13 | WORDS | Comments(0)

いついつ出やる

 過日、ブックオフの百均文庫コーナーで、司馬遼太郎の地味目な三冊を発見したので、どれか一冊にしようとパラパラと手繰ったときに、次の文章が目に飛び込んできた。


「間違っていた?」

「はい」

「なにをだ」

「殿様を一生里のそばに引きとめておこうと思いましたこと。殿様は、やはり、青い雲のうえで舞う鷹でございますね」

「妙なことをいう」

「籠のなかに入れて飼う鳥ではございませぬ」

「おれが、鷹というわけかね。それは、お里の目すじちがいだ。鷹ならば、籠のなかでねむっていても、天へのあこがれがあるだろう。いずれは籠の目を掻き、くちばしで食いやぶってでも天へ飛びたつ。おれには、天がない。男のこころざしという、天がない」

「ちがいます。殿様が申される天とは、土佐二十二万石の大名に、もう一度おなりあそばすということでございますか。それならば、殿様は、きっと気重でございましょう。旅へ出て、いちど来た道を、もう一度ひきかえすようなものでございますから。殿様は、そんなことにお志を燃やせないのにちがいございません」

「お里は、二十二万石はおろか、この盛親に天下でもねらえというのか」

「いいえ。男の天とは、そのように、目で見、耳できけるものではございますまい。二十二万石や百万石という、文字で書けるようなものではなく、男が、ご自分のもってうまれたお才能(うつわ)を、天にむかって試してみることではございませぬか」


― 司馬遼太郎 『戦雲の雲』 より ―
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by solalyn | 2015-10-21 01:58 | WORDS | Comments(4)

Amazing,Incredible,and Awesome.

 かれの花が落ちたのは、中央の大日如来の上であった。恵果はこれをみて、

「不可思議、不可思議」

と叫んだという。恵果の師の不空三蔵が、むかしその師の金剛智から灌頂をうけたとき、花が空海と同様、大日如来の上に落ちた。金剛智はそれをよろこび、「不空は他日、大法を興すであろう」といったといわれるが、恵果はむろんその伝承を知っている。いま空海の花が大日如来の上に落ちたのをみて、この東海の僧もまた不空と同様、他日大法を興すかと思い、歎声をあげたのであろうか。


― 司馬遼太郎 『空海の風景』 より ―
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by solalyn | 2015-08-19 01:13 | WORDS | Comments(0)

栩栩然と

題を『荘子』からとった。荘子―荘周―は夢に胡蝶に化(な)った。荘周自身、自分は人間だと思っていたが、実態が胡蝶であって胡蝶が夢を見て荘周になっているのか、荘周が夢を見て胡蝶になっているのか。『荘子』が問いかけた設問は、この作品を書きおえても私には答えられない。


― 司馬遼太郎 「『胡蝶の夢』雑感」より ―
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by solalyn | 2015-02-06 01:51 | WORDS | Comments(0)

ぼくらはともだち

 (略)西郷を敬愛するあまりその愛情の量だけの憎悪を大久保にむける伝統的人情が日本人の表につづいてきたが、大久保の人間についても、この時期のかれの悲痛な心境についても、その感触はたまたま政敵になった西郷にだけしかわからないのかもしれない。西郷と大久保は年少のころからの友達であるだけでなく、幕末においてこれほど互いに信じあった盟友というのは、単に友情史というだけの面をとらえても、日本人の歴史のなかではまれであるかもしれない。
 
明治後、二人の間に、国家が介在するようになった。いかなる国家を創造するかということについて、この二人は、極端にいえば、ふたりだけがその作り手の立場にいた。ただこの場合、二人のあいだで、作るべき国家像が両極のようにちがってしまったということのみがある。

さらには二人が背負っている火炎のごときものも、二人だけに共通し、二人だけしかその実感が通じあえなかった。旧主島津久光のことであった。この久光という、この当時、保守思想家のなかではその思想が極端ながらも第一級の教養人である人物が、西郷と大久保を指さして、

 「不忠者」

とののしりつづけていたという事情である。西郷も大久保もこの旧主から不忠という武士に対して決定的な悪罵を投げられつづけることについて、少年のように心を痛ませており、ときに死の衝動にかられることもしばしばであった。この二人のもつ苦渋は、同藩の者にもわからず、まして長州人には想像を絶するものであった。その苦渋を共有しているという場において、西郷も大久保もたがいに相手に対してひそかに涙を流しつづけているような心の消息が感じられる。


‐ 司馬遼太郎 『翔ぶが如く』 より ‐


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたしますm(__)m
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by solalyn | 2015-01-04 14:11 | WORDS | Comments(2)

やあやあ我こそは

継之助はかつて長岡にいたとき、

「洋式調練というのは、奇妙なものだな」

と、小山の良運さんに語ったことがある。

「あれほど夷人の考えというものが露骨に出ているものはない」

というのである。

(略)洋式にあっては、あたまから戦士というものは臆病なものだときめつけているらしい。なぜならば調練をする。

調練とは、集団のなかで動くすべをさとらせる訓練である。それも頭でさとらせず、体でさとらせる。くりかえしおなじ動作を訓練させることによってどのように惨烈な戦況化〔ママ〕でも体のほうが反射的に前へゆくようにしてしまう。(略)恐怖が足を食いとめるゆとりをなくするのである。すべての戦士を反射運動の生きものにしてしまう。

「おそろしいばかりの思想(かんがえかた)だ」

と、継之助は良運さんにいうのである。人間は自然の状態では悪であり、馬鹿であり、臆病であり、恐怖の前にはどうすることもできないいきものだと最初からきめつけてかかり、そういう上に組みあげて行ったのが洋式軍隊というものだと継之助はいう。

「まったく、妙だ」

と、継之助はそういう。日本の武士は源平時代の華麗な武者のすがたが原型になっている。人間のいさぎよさ、美しさを信じた上で成立しているのが、日本の軍法である。

「逆だな」

と、継之助はいうのである。この洋式軍法が普及すれば武士は変質するだろう、おそらくは武士も武士道もこの調練によって消滅するだろう、と継之助はいう。

しかしそれもやむをえまいというのが継之助の考えであった。洋式のほうがはるかに強い軍隊ができあがる以上、過去の典雅さへの感傷はすてざるをえないのである。



― 司馬遼太郎 『峠』より ―
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by solalyn | 2013-12-26 00:02 | WORDS | Comments(0)

かげろうの壺

氏親は、あかるく聡明に成長していた。かれは早雲を師父のようにおもい、顔を見るたびにさまざまなことを問うた。

「いのちとはなにか」

などということまで訊く。

「陽炎にてつくりたる壺のごとくはかなきものでござる。ひとたびこわれ、五蘊(ごうん)去らば空(くう)に帰しまする」

「空とはなにか」

「何も無し。水にても候わず、木にても候わず、金にても候わず、土にても候わず、風にても候わず、火にても候わず」

「心細きものよの」

年少の身で、いのちのはかなさをこう露骨にいわれれば、身もふたもない。

「禅におはげみなされませ」

禅はこの時代の必須の教養というべきものである。

「励んだところで、そのように空しければ甲斐がないではないか」

「空しきことと空とはまったくちがうものでござりまする」

「ちがうか」

「空あればこそ万物が生じまする。五蘊あつまり、因縁これに加わらば、ふたたびいのちを生み奉りまする。空なればこそ、百虫生じ、魚介生じ、畜類生じ、人を生み奉りまする」

「奉るとは」

と、氏親は早雲の物言いのおかしさに笑った。空に対して敬語をつかうことはあるまい。

「空は、おごそかなるものでござりまする。神仏すら生み奉る」

「神仏、そのことについてかねて訊いてみようと思っていた。神仏とは人が作ったものではないか」

「人が作れるはずがござりませぬ。空が人に知恵をさずけて作らせたるものでござる。されば神仏を拝むことは空を拝むことでござる」

「空は、どこにある」

「ある・なしというものではござりませぬ。感ずるところ鋭ければ、この世に満ち満ちております」


‐ 司馬遼太郎 『箱根の坂』より(括弧内は筆者) ‐
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by solalyn | 2013-07-12 16:56 | WORDS | Comments(0)

虫か、男か

(略)自分が目的としているところは領地ではない。何度申したらお分かりです、私は生涯の栄光を飾りたいというそれだけでこの真田丸に籠っている、考えてみられよ、四十幾年を為すことなく過してきて、あのときもし右大臣家のおまねきがなかったとすれば高野山麓で虫のごとく果てる運命にあった。によって、いまは自分は望外な幸福の中にあるが、そのこと、まだおわかりにならぬと見える。いま信州一国ではどうか、といわれる。餌でもって男子の志を吊ろうとなさるおろかしさ、申しておきまするが、この左衛門佐は、たとえ日本国の半分を割きあたえられようとも、この御城を退きませぬぞ、左様に申しあげられよ、といった。


- 司馬遼太郎 『城塞』 より -
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by solalyn | 2012-12-13 19:53 | WORDS | Comments(0)

光景

安土セミナリオで聴いたあのふしぎな楽器の音色は、藤吉郎は終生わすれられないであろう。あの日、藤吉郎は信長に扈従してセミナリオを参観した。

このとき(中略)武家貴族の少年たちが、賛美歌をうたい、オルガンを弾いてみせた。藤吉郎はその音色の妙なることにおどろいたが、それ以上におどろいたのはそれに聴き入っている信長の秀麗な横顔であった。

信長はもとより音楽をこのみ、よき笛師や鼓師をかかえていたが、かれもこの世でこれほど微妙な諧律をきいたのはむろんはじめてであったであろう。

信長はそのオルガンに寄りかかり、心持首をかしげ、すべての音を皮膚にまで吸わせたいという姿勢で聴き入っていた。藤吉郎のおどろいたのは、その横顔のうつくしさであった。藤吉郎は信長につかえて二十年、これほど美しい貌をみせた信長をみたことがなく、人としてこれほど美しい容貌もこの地上でみたことがない。その印象の鮮烈さはいまも十分に網膜の奥によみがえらせることができるし、時とともにいよいよあざやかな記憶になってゆくようでもあった。


‐司馬遼太郎 「新史 太閤記」 より‐
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by solalyn | 2012-10-17 15:59 | WORDS | Comments(0)

On the Road

京の道は、ぬかるまない。

「これは田舎道とはちがうなあ」

と、平太郎は烏丸通を北上しながら首をふり、妙なことで感心した。これだけの雨だとふつう一歩一歩足首まで泥で埋まるのだ、と平太郎はいう。それどころか、泥の跳ねが背中までかかるはずなのだが、この大路はどうだ、雨水が路面をぬらすだけで両側の溝へ流れている。・・・・・・

「良庵さん」

と、平太郎はふと発見したように、勢いこんだ。

「このわけはな、千何百年ものあいだ、人間が歩いて踏みかためてきたからこうなっている」

(なるほど、そういうものか)

蔵六は、この町人の友人に感心した。

平太郎は沖の漁師のような大声を出した。笠をたたく雨がさわがしくて、つい叫んでしまうのである。

「良庵さん、あんたもその一人だ」

と、いった。蔵六など道を固めているだけの存在だ、というのである。この都に入ってきたのは、木曽義仲もいる、現九郎義経もいる、頼朝もいれば信長、秀吉もいる、すべて無数の-のべ何億、何兆ともしれない-庶民と同様、この道を歩いて足の裏で固めて、それだけで消えただけだ、と平太郎はいうのである。

「あんたも木曽義仲だ。というより木曽義仲の雑兵だ」

蔵六はだまって歩いている。


-司馬遼太郎 『花神』より-
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by solalyn | 2011-04-16 02:36 | WORDS | Comments(0)