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いついつ出やる

 過日、ブックオフの百均文庫コーナーで、司馬遼太郎の地味目な三冊を発見したので、どれか一冊にしようとパラパラと手繰ったときに、次の文章が目に飛び込んできた。


「間違っていた?」

「はい」

「なにをだ」

「殿様を一生里のそばに引きとめておこうと思いましたこと。殿様は、やはり、青い雲のうえで舞う鷹でございますね」

「妙なことをいう」

「籠のなかに入れて飼う鳥ではございませぬ」

「おれが、鷹というわけかね。それは、お里の目すじちがいだ。鷹ならば、籠のなかでねむっていても、天へのあこがれがあるだろう。いずれは籠の目を掻き、くちばしで食いやぶってでも天へ飛びたつ。おれには、天がない。男のこころざしという、天がない」

「ちがいます。殿様が申される天とは、土佐二十二万石の大名に、もう一度おなりあそばすということでございますか。それならば、殿様は、きっと気重でございましょう。旅へ出て、いちど来た道を、もう一度ひきかえすようなものでございますから。殿様は、そんなことにお志を燃やせないのにちがいございません」

「お里は、二十二万石はおろか、この盛親に天下でもねらえというのか」

「いいえ。男の天とは、そのように、目で見、耳できけるものではございますまい。二十二万石や百万石という、文字で書けるようなものではなく、男が、ご自分のもってうまれたお才能(うつわ)を、天にむかって試してみることではございませぬか」


― 司馬遼太郎 『戦雲の雲』 より ―
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by solalyn | 2015-10-21 01:58 | WORDS | Comments(4)

あなたがわたしにくれたもの

最近、近所のバーのマスターから聞いた話。


自分が小学校高学年の頃、妹と親戚のおじさんの家に遊びに行ったんですよ。そんでおじさんのベッドルームでふざけてたら、ベッドの下から女のひとの裸の本が出てきたんで、自分はまだ思春期じゃなかったんですけど、なんか本能的に、

(あ、これはそっとしておかなきゃいかんことだ)

と思ったんですけど、まだちっさかった妹は、自分が止める間もなくおじさんに「これなーにおじちゃん!」って聞いちゃったんですよ。そしたらおじさん、だいぶ困ったんでしょうね。こういったんですよ。

「それはね、おじさんの、だいっじな、下敷き」


でも、今にして思えば、あれ、宮沢りえの『サンタフェ』だったんですよね。表紙硬かったし。
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by solalyn | 2015-10-09 11:55 | PROPOS | Comments(0)

裏切り者の名を受けて

 ユリアヌスについて深くも考えていなかった頃の私は、この若き皇帝を、アナクロニズムの代表のように見ていたのである。彼が行い、行なおうとしていたことは時代錯誤であり、時代の流れに逆らうことしか考えなかった、思慮の浅い人物だろうと思い込んでいたのだった。

(中略)

ユリアヌスは、このような時代に、一石を投じたのである。もしも彼の治世が十九ヶ月ではなくて十九年であったとしたら、なおも十九年生きたとしても五十歳で死ぬことになるので充分に可能性はあったのだが、もしもそうであったとすれば彼が投じつつあった石も数を増していたであろうし、十九年の間にそれは、流れを変えるまでになっていたかもしれないのである。もしもそうであったとすれば、キリスト教徒であることが現世でも利益になるとは、ローマ人も考えなくなったかもしれない。そして宗教は、現世の利益とは無関係の、個々人の魂を救済するためにのみ存在するもの、にもどっていたのではないだろうか。

― 塩野七生 『ローマ人の物語 XIV キリストの勝利』 より ―
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by solalyn | 2015-10-06 16:48 | WORDS | Comments(2)