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あるフォークロア

むかしむかしのおはなし。


あるところにひかりで絵をかける筆をもらった若者がおりました。

彼ははじめ、不思議な絵筆自体を眺めて暮らしました。それだけでもたのしかったからです。

そのうちに、絵筆を眺めているよりも、それで絵をかくことのほうが、うんとすきになりました。

絵をかいているうちに、彼はいろいろなひとたちとなかよくなりました。彼が絵をかけなくなりそうになると、そういうひとたちが、みんなで彼を助けてくれました。

月日がずんずんたちました。

いつのまにか、彼は若者ではなくなっていました。

そのかわり、彼はひかりを感じることができるようになったのです。

今では彼は、むかし自分がしてもらったように、ひかりを感じたいひとたちに絵筆をくばって歩いているそうですよ。


むかしむかしのおはなし。
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DATA:Leica M6 Summicron 50/2 Kodak BW400CN f8 1/125
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by solalyn | 2010-09-26 21:22 | PROPOS | Comments(6)

Motorcycle makes a man

オートバイに乗るよろこびは、とても個人的でしかもぜいたくなものだと、ぼくは思う。

ある程度の排気量になってくると、実用的な価値などゼロに近くなる。あのすさまじい機械にまたがって風を切りつつ、右に左にリーンしながら走っていく快感にもし実用的な価値があるとするなら、それはライダーひとりひとりの心の内側での出来事に限定されてくるように、ぼくは感じる。

たとえばぼくは、日本という国の地理や気候が一体になってかもしだす季節感の中を、なんの目的もなくひとりで走るのがいちばん好きだ。

こんなふうに走るとき、ぼくの気持は、とても高揚している。このうれしい、熱い気持ちは、伝えようと思ってもなかなか人には伝わらないようだ。

しかし、自己満足とも、すこしちがっている。オートバイが偉大な先生で、ぼくはその弟子。弟子が先生といっしょになって、やるべきことをやり、学ぶべきことをひとつずつ学んでいくプロセス。これが、オートバイの楽しさだと、ぼくは考えている。オートバイは、ぼくにとっては、先生なのだ。いい先生にめぐりあえて、よかった。オートバイは人間が考えだして工場で大量生産した機械なのだが、よくできたオートバイの、その機械じかけのずっと奥のほうに、なにかとても偉大なものがじっとひそんでいるような気がしてならない。


-片岡義男 「オートバイはぼくの先生」(『アップル・サイダーと彼女』所収)より-


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DATA:Leica M6 Jupiter-12 35/2.8 Kodak BW400CN f8 1/1000
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by solalyn | 2010-09-11 00:54 | WORDS | Comments(6)