三年程むかし、撮影前にふらりと入った名古屋の喫茶店での出来事。
そこは郊外の地方都市によくある典型的なお店だった。木造平屋建てで、夜はカラオケスナックに変身するような、ありきたりな、安っぽいお店。
店内には、二人連れの若い男の子たちがいるだけだった。たぶん表に止めてあった二台の大型オートバイの持ち主達だろう。
右手の奥にはカウンターがあって、ちょっと昔のアイドルに似た顔立ちのママさんがいた。ママさんに一番近い-つまり一番奥の-テーブル席では小学校低学年くらいの男の子が食事をしていた。
僕は中程の、奥が見通せるテーブルに座って、アイスティーを注文した。
名古屋の喫茶店特有の、飲み物にやたら付いてくる、柿の種やら、せんべい、ゼリー(!)なんかをほおばりながら、ぼんやりテレビを見ていた。どうやら切ない話をやっているようだった。
「おいしい?」
ママさんが男の子に尋ねた。彼は最初聞こえない振りをしたんだけれど、もう一度聞かれて、
「うん、おいしい」
と、照れくさそうに、小声でそう言った。
「そう」
ママさんが本当にうれしそうな、静かな、優しい顔をした。
写真は撮れなかった。泣かないようにするので、精一杯だったから。
DATA:Leica M6 Jupiter-12 35/2.8 Kodak BW400CN f5.6 1/125